「ふー…なかなか終わらへんなぁ…」
ある春の日の休日。その前日に蜜柑だけに出された大量の課題。
遅刻したペナルティとして、神野から出されたのだ。
余りの多さに、一時はやる気さえ出なかったけれど、この課題を提出しなければ、
神野から酷いお説教が待っているだろう。
それだけは勘弁だ。何としても避けたい。
やる気を出そうとどうにかして机に向かってみるけれど、中々ペンが進まない。
机の周りは、娯楽のものが置いてあって、そちらに目が行ってしまう。
このままでは絶対に明日までに終わらない。
はて、どうしようと考えた時、脳裏に“彼”が浮かんだ。
なんだかんだで、何時も自分が困っていると助けてくれる。
課題だって、何回助けてもらっただろう。教えてくれたり、課題をやってくれたり。
でも、“彼”は今回の様に課題で助けを請うと後で、見返りを要求してくる。
…見返りを要求しなかったのは、数回くらいしか思い浮かばない。
(えぇい、背に腹はかえられへん!)
そして、大量の課題と共に、“彼”の部屋へと押しかけた。
案の定、彼は見返りを要求してきた。今回は、明日の夜ごはん作り。
まだ楽で良かったと、内心、安堵する。
偶に彼は此方が恥ずかしくてたまらない事を頼んでくる。
例えば―――。
(お、思い出しただけでなんか恥ずかしくなってきたわ…)
熱くなる頬にさわり、何とか熱を冷ます。
何時も、いつも。
―――棗にはいつも振りまわれてばかりや。
「おい、蜜柑…」
「なんや、棗?」
棗は、珍しく、課題の分からない所だけを教えてくれるだけじゃなく、
課題の半分をやってくれた。
けれど、棗は“デキる”人だから、出された課題をあっという間に終わらせてしまった。
此方としては、半分終わったからいいけれど、半分の半分が今やっと終わった位。
後、残り4分の1なのだけれど、集中力が切れてきた所為か進まない。
「俺が手伝ってやったんだから、さっさと終わらせろよ」
「言われなくても、わかっとるよ…」
後ろで寝転んで、本を読んでる棗を一瞥する。
折角、棗が手伝ってくれたのだから、早く終わらせなくては。
何とかやる気を出して、ラストスパートをかけた。
「やっと終わったわ……んーつっかれたー」
手を組み、上へと伸びをする。時刻はもう夜の11時。
疲れと同時に睡魔が襲ってくる。伸びをしてる間に欠伸をしてしまった。
課題も終わった事だし、早く寝たい。
だから、思わず。
「枕がほしいわー…」
口に出してしまった。
刹那、寝転んで本を読んでいた棗が、本を置いて、腕を横に出した。
棗の意味深な行動に、頭上にハテナマークが浮かぶ。
「これを使えばいいんじゃねぇか?」
棗の科白で、漸く気付く。
これとは、腕。つまり。
(腕枕って事なん…!?)
胸の鼓動が段々と速く動く。先ほどの眠気なんて、何処かに飛んでいってしまった。
おまけに棗は棗で、口角を上げながら伸ばしていない方の手で空いてるスペースをぽんぽんと叩く。
これは…するしかないみたいだ。
もぞもぞと動き、ころんと棗の腕に頭を乗せると、目線の先には棗の唇が見える。
この状態を誰かに見られてしまったらどうしようと考えると恥ずかしくてたまらない。
抵抗も出来ず完全に棗のペース。また振り回されてしまった。
本音を言うと棗の腕枕が嬉しい。
程好く引き締まった腕に洋服から香る棗の匂い。全てが心地よい。
だけれど、敢えての皮肉を言う。
「…寝にくい」
「お前が枕がほしいって言ったんだろ」
「せやけどっ…!」
「ったく…ちょっと黙ってろ」
そう言うや否や、棗は顔を近づけてくる。
もともと2人の間にそこまでの距離はないのだから、直ぐに唇同士が触れ合う。
行き成りの行動に、棗の言うとおり、言葉が出なくなってしまう。
唇が離れると棗は優しく微笑んで、告げた。
「意外とキスしやすいな」
*春の夜の夢
(あなたの腕の上で夢は見れないわ)
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