2010-04-07 01:08
ふーと、口から息を吐くと、白い塊となって表れた。シンとした家。灯りをともしていない部屋。自身の隣にある白い箱に包まれたプレゼントは渡せず、ポツンと置かれていた。この家に来る前にあった高揚感は消失し、今は虚無感しか、ない。
2月11日。特別な、日。
1年365日のうちで、1番大事な日。
…日本さんの誕生日。
本来ならば、今頃、後ろの部屋で、2人だけで、お誕生日を祝う、筈だった。日本さん好みのケーキを買ってきて、そして、自身が編んだマフラーを渡す、筈だった。
だが、どうにも予定が合わず、夕方からしか会えなくて、自身が日本さんの家にお邪魔する事になっていた。だけれど、何度チャイムを鳴らしても日本さんが出てくる事はなかった。時間を間違えたかなと思惟し、携帯を覗いてみたら―――。
なんとなくは予想していた。日本さんは、世界の方々からとても必要とされている人で、その分、誕生日となれば、皆がお祝いしたがる。日本さんは、アメリカさんやイギリスさん等が主催されるパーティーへと行ってしまった。メールの中で、何度も何度も謝っていた。台湾さんも時間がよければ、是非どうぞと言われたけれど、…丁重にお断りをした。きっと、自身が行けば、迷惑を掛けてしまいそうだし、何より、どろどろした醜い気持ちの表れである嫉妬をしてしまって、日本さんを困らせる。
(日本さんだけには、困らせたくないしなぁ……)
そして、今に至る。そのまま自分の家に戻ろうとしたけれど、中々、踵を返せなくて、合鍵を使って、日本さんの家へとお邪魔した。部屋へと入ると、座布団が2つ用意してあった。たった、それだけの事で、思わず、涙が出そうになった。日本さんは、ちゃんと私の事を待っていてくれたという事が、消沈していた自身を少しだけ元気にしてくれた。
障子を開けて、縁側へと出る。腰を下ろして、ぼんやりと星空を見上げる。冬の夜空は、空気が乾燥していて、とても綺麗に星が目に映される。
今頃、日本さんは世界の方々と、楽しく過ごせてるかな?
アメリカさんが主催だって言ってたから、とても派手で愉快なパーティーなんだろうな。
それをイギリスさんやドイツさんが、まぁまぁと言って宥めてるんだろうな。
想像してたら、くすっと笑ってしまった。そして、…耐え切れなくなって、涙が零れだしてきた。大切な日なのに、大事な日なのに、日本さんの誕生日なのに。日本さんの隣に居るのは、自分じゃなくて、他の人。
(私の隣には、日本さんが居ない)
日本さんは自分だけの物じゃないんだから、そんなのは当たり前でしょと、もう1人の自分が叱咤する。でも、出来る事なら今すぐにでも、日本さんの元へ行って、隣に居たい。抱きしめたい。独り占めにしたい。日本さんの香がするこの家に居ると、余計にその気持ちが募っていく。一度、開けてしまえば、留まる事を知らなく、どんどんと気持ちが溢れ出てくる。
ここに居ても、沈鬱にしかならない。自分の家に戻ろうとし、頬に伝った涙を拭った瞬間、玄関から縁側へと続く外の道に、思いがけない人物が現れた。
「に、…ほん…さん?」
「良かった…、ここに、いらっしゃった…んですね…」
何時も着ている和服とは違い、今日はスーツを着ている。そして、口からは白い塊が何個も出ている。…滅多に走らない人なのに、どうして、そんな急いでまでして、ここに居るのだろう?しかも、パーティーはどうしたのだろう?次々に、脳裏で疑問が浮かぶ。気付いたら、勝手に口が動いていた。
「あの…、日本さん…?どうして、…此処に?」
「パーティー…から、抜け出してきたんです…。皆さんの目を盗んで」
日本は息を整えつつ、笑顔で話す。それとは対照に、台湾の表情は曇りがかった。心臓が大きく鼓動を立てる。思わず、手で口を覆う。
「で、でも…折角、皆さんがパーティーを催して下さってるのに…」
内心で、相反している気持ちが渦巻いている。帰ろうと思った出先に日本さんと遭遇して、会えた事は嬉しいけれど、パーティーを抜けてきてしまうなんて。日本さんが主役なのだから、居なくなってしまったら大変なんじゃ…。視線を左右に動かし、ブツブツと口先だけで、呟く。
日本は、そんな台湾の言葉に、眉間に皺を1本寄せた。
「…台湾さんは、私が戻ってきて欲しくなかったのですか?だったら、今すぐにでも、パーティーに戻りますが」
日本の科白に、台湾は覆っていた手を外し、ブンブンと首を横に振る。長い髪が左右に靡く。そして、か細い声を出す。
「戻ってきてくれて…、凄く嬉しいです、」
視線を合わして、話せば、日本さんは、穏やかな表情をした。でも、それは一瞬の事で、直ぐに心苦しいのに一変してしまった。そして、日本は胸の前に宙(う)いていた台湾の手を強く握る。
「今回は、本当に、…申し訳ありません。アメリカさん達が余りにも強引に誘ってくるものでして、」
「そんな気にしないで下さい…!私は…日本さんが、来てくれただけでも嬉しいです」
「そうですか…、なら良かった」
日本さんは、私の言葉を聞いて、安堵したみたいだ。日本さんの安堵した表情を見ると、こちらまで穏やかになってしまう。日本さんが来るまで、内心は醜悪でいっぱいだったというのに。日本さんが、隣に居るだけで、一気に消し去ってしまった。会いたくて、堪らなかった日本さんが今、隣に居る。目の前に居る。おまけに、手も握ってくれている。本当に、欣快で堪えない。
あの渡したくても渡せなかったプレゼントを渡すなら今がチャンスなんじゃと思い、ゆっくり手を外し、背を向け、縁側に置いてあったプレゼントを手に持つ。そして、日本の方へ振り返る。
「日本さん!これ、プレゼントですっ!」
「私…にですか…?」
「はい!だって、今日、日本さんの誕生日ですから」
ニッコリと満面の笑みで、日本さんに渡す。日本さんは、少し驚愕していたが、有難うございますと言いながら、プレゼントを受け取った。
「開けてみても、宜しいですか?」
「勿論です!!」
日本は、台湾から受け取ったプレゼントを開けて、中を覗き込む。すると、中には、白で統一されたマフラーがそこには、あった。日本が見たのを確認して、台湾は、箱からマフラーを取り出して、日本の首へと巻きつける。
「どうですか…?気に入りましたか…?」
「………」
日本さんが何も言わないので、首を傾けて表情を窺うと、柄にもなく日本さんは頬を真っ赤に染めていた。日本さんの思いがけない表情に自身まで、頬を染めてしまう。
「あの…日本さん……」
「…有難うございます、台湾さん。長年生きてますが、今まで1番嬉しいプレゼントかもしれません」
「え、あ、有難うございます」
日本さんの事だから、今まで、全てのプレゼントを合わせると、数え切れないくらいプレゼントを貰ったと思うけれど、その中の 1番かもしれないという事は、とても喜ばしい。日本さんに渡せて良かったと、心のそこから思える。
そして、大事な事を思い出す。プレゼントは渡したのは良いけれど、まだ大事な事を言っていない。それと、まだ、 …抱きついていない。少々恥ずかしいけれど、今日は日本さんの誕生日だからと言う理由をつけて、日本さんと呼んで、ぎゅっと強く抱きついた。
「お誕生日、おめでとうございます」
ひとりじゃなくてふたり title byFrequente
(来年も一緒にお祝いできると嬉しいです)
2010-04-07 01:02
「ローデリヒさんっ!」
たまたま通りかかったローデリヒに勢いよく走っていく。おい、さっきまで持っていたフライパンは何処にしまった…なんて、口で紡ぐ。声に出したらどうなるかなんて分かっているからだ。
嗚呼、全くもってイライラする。ローデリヒの前だけに見せるあの笑顔。自分の前には絶対に見せない。ローデリヒの顔は見えないが、アイツの顔は良く見える。
そんな表情するな。そんな…恋をしている顔なんて。
(まぁ、アイツはローデリヒが好きだから仕方ねぇけど…)
昔から知っている。幼い頃から知っていた。…よく喧嘩をしたり、時には味方となって共に戦ったりしていた。
だが、時というのはあっという間にすぎていくもので。
自分がアイツに恋をしていると自覚した時には、もう届かなくなってしまっていた。立派に女として、成長していて、昔の面影が見当たらない。内面は昔から変わらないって言うのに。
いつの間にか、アイツは女としての甘美を持ち合わせていた。
「ギルベルト?アンタ大丈夫?」
呆然と立ち尽くしていたのか、いつの間にかアイツが目の前にいる。隣にはローデリヒが居るが。
「いきなり、黙るからどうかしたのかと思ったじゃない」
稀に見る心配そうな面持ちで、自身を見つめている。
(アイツが俺を心配している…!?)
エイプリルフールではないかと疑う。思わず頬をつねる。が、案の定、痛い。
自身の不可解な行動が不気味かと思ったのか、心配そうな面持ちから一変、変なものを見る表情へと変わってしまった。直ぐに自身から離れて、ローデリヒの元へと向かう。
先ほどは遠くに居て、何を話しているか聞こえなかったが、今は近くに居る所為か何を話しているか聞こえる。自身と話すときより声のトーンが高くなってないか、アイツ?
「エリザベータ、今日はウチに来るんですか?」
「ロ、ローデリヒさんが良いって仰るなら行かせてもらいたいですけど…」
「別に、貴方が来るなら構わないですよ」
「本当ですか!?…ありがとうございます…えへへ」
えへへって誰だよ。アイツ、キャラ変わりすぎだっての。
たやすく笑顔を振り撒いて、本当に幸せそうな表情をしている。何だかんだで、アイツと居るときは俺も楽しかったし、アイツも楽しそうだったから、こんな関係も良いかと思っていたが。結局の所、アイツが1番幸せだと感じる時は、ローデリヒの前に居るときなのかと悟ってしまう。
(…俺様、優しすぎるから、去ってやるぜー)
涙目にもなりつつ、アイツ等に背を向ける。どうせ、アイツ等の事だから、自身が居なくなって気付きはしないだろうが。
(今日は確か、ヴェスト居ねぇんだよなー…、1人でビールでも飲むか)
自分の家、目指して歩き始めると、後ろからアイツが自分を呼ぶ声が聞こえた。
「ギルベルトーッ!アンタ、この後暇ー?」
振り向けば、アイツが自身に手を振りながら、珍しく笑った顔を向けている。
しかも、おまけに、暇って訊いてきたって事はまさかのお誘いか?思わず、動揺しすぎで、言葉が言葉として成立しない。
「はぁ…?…べべべ別に暇といっちゃあ、暇だが、そこまで暇じゃないって言うか、」
「この後、オーストリアさんの家で夕飯作るんだけど、アンタもどう?」
「お前がどーしても言うなら、いいい行ってやるけど」
「別にそこまでして、来てもらいたくないんだけど…」
呆れ顔をしている。嗚呼、折角、誘ってもらったのにこのままだと、破棄されてしまう。こんなチャンスはもう2度とこないかもしれない。アイツが自分を夕食に誘うなんて初めての事だし。(ローデリヒが居る事は抜きとして)
「いい行きます、行かせて下さい!」
「そ?なら、着いて来てね、私はローデリヒさんと先行ってるから」
用件だけ伝えると、あっさりローデリヒの元へと走っていってしまう。…昔と違う走り方だ。男みたいな走り方が今では、女々しくなっている。
好きなアイツと夕食を食べれるのは嬉しいが、アイツは好きな奴と2人きりで食べる予定だったのに、何故、自分を誘ったのだろうか。…考えれば、考えるほど、分からなくなってくる。
(ま、良いか…)
「おーい、エリザー、ちょっと待てよー!」
永遠に届かない
(気持ちを殺すのは、何時になるのか)
2010-04-07 01:01
いつものリボンを外して、珍しく2つ結びにして。
最近買ったばかりのワンピースを着て。
足元にはいつも履かないような白いサンダルを履いて。
鏡を見る。
(よし、大丈夫っ…!)
満面の笑みを鏡に向けて、部屋を出る。
今日は久しぶりの2人きりのデートの日。ドキドキしてわくわくして堪らない。家を出る際に、レンの部屋をチラリと盗み見る。ドアは閉まったままで、室内で何をしているか分からない。今、ドアを開けてレンの恰好を見てみたい。だけど、…我慢する。此処で見てしまったら、何だかつまらない。楽しみは後でとっておくものにつきるような気がする!
(レン、遅いなぁ…)
待ち合わせ時間から10分ばかし経ってしまっている。待ち合わせ場所が間違ってないかと何回も確認するけれど、この場所で合ってる筈。周りにいた人達も、自分と同じように誰かを待っていたけれど、皆、無事に会えたのか大半が居なくなってしまった。ただ、時間だけがすぎていく。
ふぅとため息をつく。何度目のため息だろう?
ワンピースを小さく、きゅっと握る。
久しぶりのデートだから、めいいっぱいオシャレをしてきたのに。レンに可愛いって言って貰いたくて、頑張ってオシャレをしたのに。
「リンッ…!」
誰かが自分の名前を呼んだ。誰かなんて、そんなのとっくに知っている。…その人物をずっと、待ち焦がれたいのだから。
聞こえてきた方向に向くと、息を切らして走ってくるレンが見える。やっと、会えて、思わず涙が出そうになってしまうけど、堪える。会えて嬉しいなんて、そんなの絶対にレンの前で言ってあげないんだから!
(だって、言ったら、言ったらで恥ずかしすぎるし…)
「ゴメン、遅れて」
「おっそいっ!待ち合わせ場所に何分遅れたと思ってるのよっ!」
「だから、ゴメンって言ってるだろ!」
「むー…」
会って、早々に口喧嘩。こんなことする為に今日はわざわざ言えじゃない場所で待ち合わせしたんじゃないのに。大きな声を2人してあげてる所為か周りの人からの視線を買っている。
レンは切らしていた息を整えると、まじまじと自身の恰好を見つめている。もしかして、今日の恰好に気付いてくれたのだろうか?
「何…、レン?」
「今日…ちょっと、服装違うよな…?」
「ちょっとじゃないでしょ!誰の為に、こんなにめかし込んで…」
途中まで言って気付く。つい、勢いで本音を言ってしまった。一気に羞恥がこみ上げてくる。レンの事だから絶対、笑い飛ばすだろう。恥ずかしくて堪らないけれど、…一応、気付いてくれた。服装って言うのが気がかりだけど!(髪型とか、靴とかまで見て欲しかったのに!)
視線をずらして、レンと目を合わせないようにしているけれど、中々笑い声が聞こえてこない。
レンの顔を見れば、レンも頬が赤くなっている。
「俺も、今日は服装変えたりとか、髪型にも気を遣ったんだけど」
よく見れば、いつも着ないような服を着て、髪の毛は整えてある。いつもの“家”では見られない様な姿。
2人して同じことをしている。相手の為に、いつもより恰好を着飾っている。レンも今日を楽しみにしてくれていたと考えると嬉しくて、思わずはにかんでしまった。
「レン、いつもより恰好いいよ」
「リンも似合ってる」
お互い、見えて(まみえて)、笑いあった。
笑いながら、レンが手を差し出すと、手をとり、絡み合わせた。
「レンー、遅れた罰として、こだわりたまごのとろけるプリンが買ってー!」
「仕方ないなぁ…じゃあ、早く行くよ」
手を繋ぎながら、一緒に走り出す。いつの間にかレンのペースだ。先ほどまで、会話の主導権は自分だったのに。いつも、何をする時も自分が主導権を持っていたのに。
でも。
(たまには、いっか!)
今日のレンが恰好いいから、特別に許してあげよ!
デートの心得
(ねぇねぇ、これ、普段のサイズの2倍だよ!)
2010-04-07 00:59
本体(パソコン)のあちこちで聞こえるエラー音。これから自分がどうなるんだろう…なんて愚問だ。とても容易に想像出来る。ここは、もうゴミ箱なのかな?自分が何処に居るかも分からなくなってしまっている。
こうなる事はもうずっと前から分かってたのかも知れない。初めて、“声”にノイズが入った時から。
「マぁ、スター…うたいたい、よぉ…」
今ではこんなにもノイズが入り混じり、綺麗に出ていた頃の面影を全くと言うくらいに無くしている。
あんなにも歌う事が好きだったのに。歌うために作られたボーカロイド。歌う事は使命であると同時に生きることでもあった。それでも自身は歌う事がとても好きだった。マスターが自身と本体と繋ぎ、初めて、喋ったとき、私は生まれたのだ。そして、この人の為に歌うと誓った。
初めこそ、マスターの調教不足と自身の力不足のお陰で、声が声としてなっていなかったけれど、二人三脚となり励ましあいながら、必死で頑張った。初めて曲を作って、動画を上げた時は、何とも言えない嬉しさにかられた。コメントが凄く荒れてたけれど、その反省点を生かし、次の曲を上げたら、まさかのランキングに入っていて、2人で一緒に喜びを分かち合った。
全部が全部、“データ”として残っている。データとして残っているマスターの笑った顔が思い出すと少し安心する。もしかしたら、まだ大丈夫かもしれないって。都合の良い妄想だけれど、奇跡が起こるなら信じていたい。
マスターと、もっと、一緒にいたい。
「うた、…いた、い、よぉ…」
例えこんな声だとしても、また貴方に最高の声と歌を届けたい。
でも、それはもう叶わない願い。自分のことは自分が1番良く分かっている。だけど、もうこの先、どんなに修理しても、どんなに…奇跡を願っても元の声には戻らない。きっと、今日が私が私である最後の日。
半分ボロボロとなっている手を喉元へと当てて最後の力を振り絞って、歌う。歌う事は方が蝕むような痛みが自分を襲うが、今更、構っていられない。
マスターに伝えたい思いがあるから。今日が最後だから、今までの気持ちを“歌”として表したい。普通に出したのなら声が出ないから、半ばきつめるように、叫ぶように歌う。…自分とマスターが初めて作った歌を。2人で一緒に練りに練った歌詞を一つ、一つ間違えないように。
「……ぁ……ぁ、ぃ…」
「ミク!?何してんだ!?」
「ま、スぅ…ター、…と、つくっ、…た、はじめ…て、の」
「それは分かってる!でも、今は歌うな!俺が今、直してやっから!」
マスターはまた、キーボードや本体を調べて、あちこち直そうと必死になっている。…もう何時間もその状態でいる。私の所為でマスターをずっとパソコンの前に拘束させてしまってる。今日は大学で講義があった筈なのに…。そう思うといたたまれない。
(私、…何時の間に、悪い子になってしまったんだろう)
マスターに辛く苦しそうな顔を前にして、何も思わない筈がない。マスターの幸せそうな顔、嬉しそうな顔、怒った時の顔、悲しそうな時の顔。
でも、もう、記憶を思い出すたびに、どんどんと記憶(データ)が剥がれ落ちていく。自身から記憶が抜けていく。抜けないでと思っても、相対して抜ける。
忘れたくないのに、忘れたくないのに。
ここまで、壊れてしまった自身を直すためには、もう残る方法が…最終手段(アンインストール)のみ。でも、マスターはとても優しいから絶対にやらない。アンインストールししまう事は簡単な事だけど、 “今”の私としての存在は終わる。マスターと築き上げてきた記憶(データ)が全て無くなる。再びインストールしてしまえば良い事だけど、そこには“今の私”はいない。マスターとの思い出を一切持っていない、“新しい私”がいる。実質、死んで生まれ変わるようなもの。
マスターは優しすぎる。こんな姿となってしまった機械の私にここまでしてくれた。
緊急停止装置作動
響き渡るエラー音。
(ああ、もう本当に、消えてしまうんだなぁ…)
でも、消える前に私に出来ることを。
再びきつめるように叫びながら歌う。歌を犠牲として、全てを貴方へ伝えられるならば、最初で最後の別れの歌を。
「ミクッ!っくそ、どうして作動しちまうんだよ…」
「ま、ス…ター…」
目線を下へとおろせば、もう足の大半が消えている。後、此処に居られるもどれくらいかな。
…でも、その前に、最後に、伝えなきゃ、マスターに。
「あ…り、が…とぅ……サヨ、な、ラ…」
自身はオリジナル(人間)には叶わない存在(歌声)だったけど、マスターと一緒に居られて幸せだった。
マスターと出会えてよかった。
バイバイ、マスt―――。
深刻なエラーが発生しました。
DEAD END
(ずっと、大好きです。ありがとう)
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