「くしゅんっ」
鼻がムズムズするなと思った瞬間、口からくしゃみが出た。
- 最悪すぎ、なんですけど…、
まさか、翔太君の目の前で、くしゃみをしちゃうなんて。くしゃみとか、する瞬間は、いつもより顔が乱れてしまうから、好きな人の前だけは絶対に見られたくなかったのに。
そんなこと、どうとも思わないのか、翔太は、テーブルの上に置いてあるティッシュを手に取り、恵梨香へと、ティッシュを渡した。
「何、恵梨香、風邪?」
「別に、…風邪っていう訳じゃないけど」
「そんなもん?」
「そんなもん、そんなもん」
ティッシュを受け取り、翔太君に背を向け、鼻をかむ。女の子だもの。好きな人の前で、鼻をかめる訳がない。
イチイチそんなことをしてたら、キリがないけれど、やっぱり外面だけでも普通の女の子でいたいじゃない!
かみ終わったティッシュを捨てに行こうと、立ち上がると、いきなり、腕を掴まれた。しかし、いきなりの行動で、相手は、翔太君だというのに、勢いよく手を振り払ってしまった。
「あ、…ゴメン」
「いや、別にいいけどさ…」
「でも、腕を掴んだってことは、何か用があるんでしょ?」
ティッシュをゴミ箱へと捨てて、翔太君の元へと戻ると、眉間に皺をよせている翔太君が視界に入った。
- ……私の方が皺を寄せたいんですけど、
でも、悪いのは、自分だから、喉元まで、でかかっていた言葉を何とかして、飲み込んだ。
「いや、女の子ってさ、……やっぱり好きな人の前だと、可愛くいたいもんなの?」
「はぁ?…普通の女の子だったら、そうなんじゃないの?」
「恵梨香も?」
黒い瞳が、ジッと、自身の瞳を見つめてくる。この人は、いつも律儀と言おうか、変なところで真面目だから、こうやって、見つめられると、否が応でも、心臓が反応してしまう。
「う、うん…まぁ…私も、翔太君の前では、可愛く、いたいと思うよ、」
改めて言うと、気恥ずかしい。好きな人の前でくしゃみをするのだって、鼻をかむのだって、女の子だったら見られたくない。理由は勿論、翔太君の事が、好きで、可愛く見られたいから。プライド高い私のことだから、尚更のこと。
「ふーん…でも、俺は、そのまんまの恵梨香で良いと思うよ」
「ちょっと、それ、どういうことっ!?」
「だからさ、こう…なんていうの?妙に、俺のこと、意識しないで良いって言うかさ、」
「何それ、自意識過剰?」
翔太君の科白に思わず、嘲笑しそうになってしまった。しかし、それは出来なかった。何故なら、翔太君がめったに見せない必死の表情(かお)をしていから―――。ここで、笑ってしまったら、翔太君にとても、失礼だと思惟した。
「違うって。だから、さっきだって、くしゃみした後、顔を歪めさせたり、鼻かむときだって、俺に背を向けてただろ?それって、俺がいるからやったことっしょ?」
「ま、まぁ…そうだけど……」
「だから、そういうのを気にしなくて、俺の前でも、普段どおりの恵梨香で居てほしいんだよ」
そういいながら、翔太君は頭をぽんぽんと撫でた。
「バ、バカッ……!!」
翔太君の言動に、頬が熱く感じて、急いで背を向ける。心臓が早鐘のように動いている。落ち着け、落ち着け、と連呼しても、中々落ち着いてくれそうにない。
意中の人に、「そのまんまで良い」なんて、言われて、嬉しくない女の子がいたら、ぜひとも連れて来て欲しい。それ位、素直に嬉しかった。
「じゃあ、これからも色んなことやるよ!?我が侭とか言いまくっちゃうよ!?素の私、知ったら、翔太君嫌いになっちゃうかもよ!?」
「別に良いよ。俺は恵梨香が好きだから、嫌いになることなんてないし」
おうむ返しの様に、返ってくる返答に、ますます頬が熱くなる。
「そもそも…今の恵梨香でも、十分、我が侭だと思うんだけど…」
「何か言った?翔太くーん」
「何でもないですよー」
素のまんまで居られるっていうのは、彼女にとっては、本当に嬉しいことだと思う。翔太君の優しさに感謝しつつも、とりあえず、翔太君に一発、殴ろうと笑顔で、翔太君に近づいた。
(fin)
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